世界名作劇場.net 小公女セーラ研究サイト:飛行士Sara 戦場に咲く小さな花

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STORY
第一次世界大戦下の1917年、フランス上空。戦場の空に咲いた小さな花。大英帝国の命運をかけて、悲しみの青空を翔ける天才操縦士セーラ・クルー中尉。信じるはただ、優しき心と己の操縦技術のみ。立ちはだかるは、ドイツ帝国の誇る撃墜王レッドバロンこと、フォン・リヒトホーフェン騎兵中尉。

蒼空を切り裂いて交錯する機銃弾と騎士道精神。儚く揺れる大空の友情。無情な戦いの果てに散るは、一輪の可憐な花か・・・


※音が出ますので、音量設定にご注意ください。

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第1話
ひまわりの咲く時

1917年初めの大英帝国。ヨーロッパ大陸で激戦が続く中、新戦力である航空部隊では、操縦士の育成が急務となっていた。他兵科からの転向組や、飛行学校出身者、新規志願者など、あらゆる人材が集められていたのである。そして、全土に募集をかけた結果、厳しい選考を突破した者たちの中に、3人の少女の姿があった。出身も、歩んできた道のりも異なる彼女たちだったが、抜群の飛行センスを見せて大空への入口に立ったのである。しかし、まだ幼さの残る少女をいきなり正規軍に配属するわけにもゆかず、その処遇に苦慮した軍上層部は、結局、全軍のマスコット的な扱いで、独立部隊としての運用を決定した。そしてここに、ロンドン特別飛行中隊(通称:ひまわり中隊)が編成されたのである。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『ここだわ』

セーラ・クルー中尉は、雪の積もったロンドン市内で、中隊仮司令部を見上げた。そこは寄宿学院の建物で、部隊長アメリア・ミンチン司令の元職場でもある。教師出身の司令は、飛行隊の指揮官としては未知数の人物だったが、軍としては、要は誰でも良かったのである。結果として、おおらかで細かい点にこだわらないその性格は、個性派揃いの部隊のまとめ役として適任であったが、軍用犬だけは大の苦手であった。ui78oih.png


また、アメリア司令の副官ベッキー兵長は、人懐っこい面立ちの、よく働く気立てのいい少女だった。彼女は、機体の整備から、通信、伝令など、多岐にわたる任務を負っていた。実質、ベッキー兵長なしでは、部隊の運用は立ち行かないほどなのであった。

そして、これから共に空を飛ぶこととなる初対面の少女たち。アーメンガード・セントジョン少尉は、丸顔の愛らしい表情に、三つ編みの髪の毛を垂らした、穏やかそうな少女だった。会った瞬間、セーラ中尉は人生初の親友を得たことを直感した。

『彼女とは、とても仲良く出来そうだわ・・・』

いま一人、オーレリィ伍長と名乗ったのは、やや翳のある雰囲気と、黒い瞳が印象的な美少女だ。

『イギリスの方ではないのかしら・・・』

漠然と感じたセーラ中尉だったが、彼女ともまた、いい関係が築けるだろう、と素直に思うのであった。何事も、いい方向に考えるのは、セーラ・クルー嬢の特筆すべき長所だ。そして彼女はいつも信じているのだった。そうすれば、誰にとっても、明日はきっと今日よりもいい日になるに違いない、と・・・

以上、総勢わずか5名。便宜上、飛行中隊を名乗っているが、実質は小隊規模にも満たない。大陸への出発を前に、ロンドン近郊の飛行場で待機することになったひまわり中隊だったが、当初、周囲の彼女たちを見る目は、決して好意的ではなかった。満足な機材も供給されず、訓練時間も少なくて、いわば日陰者扱いであった。もともと、軍事的役割など期待されていない、お飾りの飛行隊と思われていたのだ。

『お嬢さんたち、こんな危ない所で何をなさっておいでかな?』

正規軍将兵からの、皮肉混じりの心無い言葉にも、セーラ中尉はじっと耐えたが、オーレリィ伍長は違った。彼女は、物静かで知的な少女であったが、時としてかなり大胆な言動に出ることもあったのである。一緒に過ごしてみて、そのギャップが魅力でもあったのだが、今日もまた、その魅力が存分に発揮されることになったのだ。

『大陸への派遣命令を待っております』
『おやおや驚いた。君らはひょっとして、我が英国陸軍航空隊(RFC)の一員なのかな』
『はい。ドイツ帝国陸軍航空隊との空中戦闘が私達の役目ですわ』

律儀に受け答えをするセーラ中尉に、正規軍の操縦士たちの嫌味は、とどまるところを知らない。

『笑止な。では聞くが、一昨年の西部戦線で、不幸にも我が方が航空劣勢に陥った状況を何というかな?』
『フォッカーの餌食ですわ。ドイツのアインデッカー、フォッカーEⅠ戦闘機が制空権を掌握した時期を指しています』

返って来た非の打ち所のない模範解答に、さすがの若きイギリス紳士たちも言葉に詰まり、話題を変えてきた。

『はて?多少の知識はあるようだが、我々の小さなお嬢様方は、本当に戦争ができるのかね?』

生真面目なセーラ中尉は、この質問にも真正面から答えようとしたが、わずかに早くオーレリィ伍長が口を開いた。

『あら、ご心配でしたら、ご覧に入れて差し上げますわ』
『ほう、面白い。一体、何を見せてくれると言うんだね?』
『オ、オーレリィ、いけないわ・・・』

しかし、セーラ中尉の言葉も虚しく、あっという間に正規軍エースパイロットたちと模擬空戦をする羽目になってしまった。

『大丈夫よ、セーラ。私たちの腕前なら、きっと勝てるわ』
『わ、わたしたちって・・・?』

胸の前で両手を合わせ、心配げに見守っていたアーメンガード少尉が、恐る恐る尋ねる。

『中隊全機出撃ってこと。3分以内にスクランブルだわ!』

結局、3人揃って「出撃」することになってしまった。オーレリィ伍長に引っ張られた形ではあったが、こうなったら仕方ない。セーラ中尉も、いざとなれば覚悟はできている。だからこそ、厳しい飛行士選考試験もくぐり抜けてこられたのだ。それにみんなのためなら、恐れるものなど何もなし。そのあたりは、アーメンガード少尉も同じようであった。華奢な外見を侮ってはいけない。戦うひまわりたちの芯の強さは、人一倍なのだ。

気持ちを落ち着かせ、飛行服を整えていたら、対戦する正規軍の操縦士たちがやってきた。見ようによってはハンサムな面々であったが、自意識過剰の言動と、着崩した飛行服が、せっかくの魅力を半減させていることに気付いている者はいないようだった・・・

『やあ、特に用はないんだが、君らが素敵な飛行服を着て、見違えるように綺麗になったと聞いたんでね』
『レディの更衣中に入ってくるなんて、失礼ですう』

支度を手伝うベッキー兵長が抗議したが、彼らは無作法に入ってくると、無頓着に続けた。

『ちょっと、立ってみてくれないか』
『え?ええ・・・』

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~英国陸軍航空隊直属 ロンドン特別飛行中隊 Sara Crewe中尉~

素直に真に受けてしまったセーラ中尉が応じると、操縦士たちは衝撃を受けたように静まり返った。

『ほう・・・ど、どうやら、噂は本当だったようだな・・・』
『そんなつまらない用でいらしたんですか・・・?』

さすがの彼女も半ば呆れ気味に答えたが、彼らは我に返った様子で、畳み掛けてきた。

『僕にとってはつまらないことではないさ。お嬢さん、模擬空戦なんかより、これから昼食を一緒にどうだい?』
『おい、待ち給え。それは私の台詞だ』
『何を言うか!私が先だ!』
『見苦しいぞ!貴官、それでも名誉ある英国軍人か!最初は俺だ!』

泥試合を始めた操縦士たちに戸惑うセーラ中尉の横で、オーレリィ伍長がぼそりと告げた。

『離陸の時間ですわ』

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そして、模擬空戦は・・・ひまわり中隊の圧勝であった。晴れ渡ったロンドンの空。3対3で行われたそれは、セーラ中尉たちの3戦全勝で終わったのである。公平を期すため、敵味方双方が同じエアコーDH.2戦闘機で戦ったが、オーレリィ機は、果敢に攻めて相手に付け入る隙を与えず、アーメンガード機は、防御に徹して相手が疲れたところを返り討ちに仕留めて見せた。最後に離陸したセーラ機の相手は、先ほど昼食に誘ってきたあの士官だったが、巴戦に入ってすぐ、彼女は相手機の技量を見切ってしまった。瞬時に敵の力量を見極められるのは、彼女天性の能力である。

『この方、攻撃ばかりがお好きなようだけど、防御が全くなっていらっしゃらないわ・・・』

突っ込んでくるのを軽く宙返りで躱すと、ひねりこんで後ろに回る。あとはひたすら照準環に機影を捉えて、相手が降参するまで追尾し続ける。必死に振りほどこうとする『敵機』を5回ほど『撃墜』したところで、根負けした相手が着陸し、模擬空戦は終わった。

いつも太陽の日差しに向くひまわりたちは、自らの力で日のあたる場所を手にしたのだった。

~次回予告~
模擬空戦に勝利した私たちは、来るべき日に備えて更なる訓練に励みます。そんな忙しくも充実した毎日の中、ふと私の心に、以前の辛い記憶が蘇ってくるのでした。次回、飛行士セーラ 『セーラ中尉の回想』 ご期待下さい。

第2話
セーラ中尉の回想

模擬空戦以来、彼女たちに対する周囲の空気は一変し、扱いも格段に丁重なものになった。別に、彼女たちが望んだわけではなかったが・・・

“美しさと実力を兼ね備えた空飛ぶひまわり”
The flying sunflowers that have both ability and beauty.

アーメンガード少尉.png【ひまわり中隊所属 アーメンガード少尉】地元新聞に踊る記事に戸惑う彼女らだったが、初めての共同空戦で親密感は増した。
セーラ中尉は、出撃までに少しでも仲良しになろうと、積極的に友好関係を結ぼうとしていた。宿舎も相部屋なので、自然と互いの人となりは察せられる。


アーメンガード少尉は、第一印象のとおり、穏やかな人柄で笑顔を絶やさず、すぐ親友になれた。聞けば、著名な大学教授の一人娘だという。そんな箱入りの彼女が、どうして航空隊を志願したのか、それ以上の事情を聞くのは憚られたが、別に新たな友情の妨げになるものでもなかった。


一方のオーレリィ伍長は、こちらもはじめの印象通り、慇懃無礼、どことなく翳りを感じさせ、必要以上の交友を好まない素振りであったが、毎晩、母の名を呟きながらうなされているのを、セーラ中尉は知っていた。



いずれ仲が深まれば、お話できるときも来るはずだわ・・・

オーレリィ伍長.png【ひまわり中隊所属 オーレリィ伍長】寝静まった二人の「戦友」の安らかな寝息を聞きながら、セーラ中尉は枕元のフランス人形”エミリー”を抱きしめた。飛行学校以来、このエミリーのことでは、散々からかわれてきたが、そんなことなど、彼女には全く苦にもならなかった。エミリーは苦しい時を共に耐えてきた、大切なお友達なのだ。その点、アーメンガード少尉とオーレリィ伍長は、とても好意的だった。

『エミリーはね、私がいないとき、いつも歩き回ったり、外を眺めたりしているの』
『そうなの?』
『ええ、今日はきっと歩いているところを見られるわ』

そう言って、アーメンガード少尉と一緒に部屋に飛び込んだが、そこには既にオーレリィ伍長がいた。

『ああ、まただめだったわ!』

何事かと驚くオーレリィ伍長に事情を話すと、彼女もふっと優しそうな表情になり、エミリーを抱き上げた。

『とても可愛いわね』
『ほんと、今にもお話ししそう・・・』

エミリーを囲んだ二人を見て、セーラ中尉は改めて、得難い友の存在を神に感謝したのだった。

エミリーをそっと寝かせると、今度は写真立てを取り出す。中で微笑む人物に、ゆっくりと話しかけた。

『私、ついに飛行士になれました。お父様・・・』

愛する父、ラルフ・クルー大尉は、早くから航空機の有効性を提唱していた人物だった。早くに母を亡くし、親子二人、このロンドンで育ってきたセーラは、人一倍お父さんっ子であった。そんな彼女にとって、父が情熱を傾ける飛行機に惹かれていったのは、ある意味当然と言えよう。

『飛行機に乗れるようになったら、後ろにお父様を乗せてあげるわ』
『ははは・・・それは楽しみだなあ』
『まあ、お父様ったら、本気になさっていないのね』
『セーラには、素敵なレディになって欲しいんだよ』
『飛行機に乗れても、レディにはなれるもん!』

笑うばかりの父に、幼いセーラは本気で怒ったものだった。以来、この願いを叶えようと頑張るうちに、空の魅力を知り、天性の操縦技術が開花して、今日の彼女があるという訳だ。そして、彼女の空への思いが本物であることを知った父は、ゆっくり諭すように、セーラに言ったのだった。

『いいかい、セーラ。お前が空を飛べるようになる頃、あの青空は、今とは違うものになっているかもしれない。でもね』

一度言葉を切って、彼は続けた。軍人の彼には、緊迫する世界情勢のゆく先が見えていたのだろう。

『どんな時でも、愛と優しい心をなくしてはいけないよ。よく覚えておいで』

その時の彼女に、父の言葉のすべてが理解できたわけではない。だが、聡明で素直な心は、父の真意をしっかりと汲み取っていた。しかしいま、成長した飛行服姿を彼に見てもらうことはできない。4年前、父は出張先のインドで機体のトラブルに遭い、亡くなっていたのだ。そしてセーラ中尉の回想は、その後の苦しみの記憶へと流れてゆく・・・

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留守がちの父を、ひとりぽっちで待つ時間の多かったセーラは、幼くして天涯孤独の身となってしまった。そんな彼女に、世間の風は冷たかった。母の祖国フランスにいるという、会ったこともない遠縁の親類を頼って、辛い一人旅にも耐えた。が、やっとの思いで行き着いた先の宿屋『ワーテルロー亭』では、想像を絶する悲惨な毎日が待っていた。親族として迎えられるどころか、小間使いとしてひどい扱いを受けたのだ。幸いにも、現地の市長が人格者で、彼女の事情を聞くと、ロンドンのとある寄宿学院に転入手続きをとってくれた。いずれ必ず恩返しを、と誓いつつ、再びイギリスに戻ったセーラ嬢だったが、苦難は続いた。転入先の学院でもいじめられ、またもやメイドにされてしまったのだ。

・・・どうして私ばかり・・・

いたらぬ点があれば改めようと、懸命に努力もした。しかし、問題の根本原因は、彼女自身の聡明さや優しさ、気品ある容姿に対する嫉妬なのだから、自分ではどうしようもない。結局は、黙って耐えるしかなかった。

『どんなに苦しくても、いつかはきっと、よりよい明日が来るはずだわ。それにここなら、勉強も続けられる・・・』

向学心も旺盛なセーラ・クルーは、どんなことがあっても、学業だけは諦めることができなかったのだ。しかし、とうとう身体の安全も危うくなる状況に陥り、脱出を決意する。あの親切な市長さんの厚意を無にしてしまうことになったが、彼女のこの決断を、いったい誰が責められようか。

押し込まれていた屋根裏部屋から、隣家のバルコニー伝いの脱出劇。やがて、あてもなくロンドンをさまよう彼女の周りで、街はにわかに慌ただしさを増していった。ドイツを盟主とする三国同盟陣営との間に、第一次世界大戦が始まったのだ。私も何かしなくては・・・幼心にも事態を悟ったセーラは、遂に自分のすべきことを見出した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

飛行士募集の受付担当下士官は、応募窓口に小柄な少女を見かけて驚いた。少し汚れた身なりに、高級そうなフランス人形を抱いている。飛行士不足に悩む司令部からは、『何人たりとも、応募者は拒絶するべからず』との厳命が下っていたが、目の前の少女がその命令に抵触するのか、彼にはわからなかった。

『お嬢さん、おうちはどこかな・・・』

軽口をたたいてあしらおうとした下士官はしかし、途中で言葉を飲み込んでしまった。少女の真剣な眼差しに気圧されたのだ。それに改めて見てみると、確かに身なりはひどいが、何か侵し難い、凛とした空気をまとっている。

・・・小公女・・・思わず浮かんだ言葉に自分でも驚いた彼は、上官に取り次ぐことにした。そして・・・

対応に迷う大人たちを前にして、一次選考試験で筆記・口述ともに完璧な結果を出した少女に、誰もが驚きを隠せなかった。そして、このみすぼらしい少女が、聡明さと気品あふれる開花前の大輪であることに気づいた者は、果たしてどれほどいただろうか。かくして、セーラ・クルー嬢は、英国陸軍飛行学校の最年少学生となったのであった・・・

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

思わず、長い思い出が蘇ってきてしまい、やや昂った気持ちを鎮めようと、セーラ中尉はそっと目頭を拭った。どれも辛すぎる思い出ばかりだが、だからこそ、そんな中でもわずかながら受けた、人からの親切というもののありがたさが、改めて身にしみて感じられるのであった。彼女が優しい心持ちにこだわるのも、このあたりの事情があるからであろう。

『お父様、せめて、せめて夢の中にでも、出てきては下さらないの・・・』

溢れそうになる涙を堪え、彼女は心の中の父に祈るのだった。

『どうか私と新しい仲間たち、そして全ての人々を見守っていてください・・・』

そんな彼女の様子を、いつの間に目覚めたのか、オーレリィ伍長がベッドの中から複雑な表情で見つめていた・・・

ほどなく下った出動命令。連日の訓練で、準備は万端だ。イギリス海外派遣軍(BEF)の一員として、ついに最前線に立つ時がやってきたのだ。

~次回予告~
遂にフランスへと到着した私たち。でも、なかなか活躍の場はやって来ません。みんなの役にたてない悲しみに加え、オーレリィ伍長の様子が、私の心をかき乱すのでした。次回、飛行士セーラ 『フランスへ』 ご期待下さい。

第3話
フランスへ

パリ近郊、アミアンのフランス空軍基地に進出したひまわり中隊だったが、実戦の機会は与えられなかった。空戦能力は認められたが、実際の任務は宣伝活動ばかりであったのである。連日の取材攻勢で、いい加減げんなりした彼女たちを、フランスの新聞記事がさらに疲れさせた。セーラ中尉は英仏ハーフなので、フランス語も堪能なため、新聞各紙に踊る記事内容を読んでは、ため息をついた。それらはどれも、興味本位に彼女たちを見世物扱いにしたものばかりだったからである。そしてその横には、深刻さを増す西部戦線の戦況も記されていた。

・・・私たちにも、何かできることがあるはずなのに・・・それに私たちは、観光旅行やインタビューを受けるためにやって来たのではないわ・・・

『そんなにひどい記事なの?セーラ』

フランス語は“からっきし”のアーメンガード少尉の問いかけにも、答える気力すら起きない。

『ごめんなさい、アーメンガード。聞いたらあなた、きっと悲しくなるわ・・・』
『ええ、翻訳する価値もない物ばかり・・・』

何気なく相槌を打つオーレリィ伍長の言葉に、セーラ中尉は、おや?と思った。

・・・彼女も、フランス語が解るのね・・・

そんな彼女の視線を感じてか、オーレリィ伍長は、ハッとした様子で出て行ってしまった。それを見て、セーラ中尉は少し悲しく思うのであった。少人数の部隊だからこそ、みんなと仲良くしたい。信頼関係が深まれば、実戦でも安心して戦えるわ。そう願う彼女は、いまひとつ打ち解けてこないオーレリィのことが、ずっと気にかかっているのだった。

そして、そんなセーラ中尉の心配を更に強める出来事があった。
ペリーヌ伍長2.png【すれ違う二人の想い・・・オーレリィ伍長の気持ちは・・・】
数日後、少しでも彼女の心に近づきたいと、セーラはオーレリィをアミアンの街に誘った。しかし、立ち寄った本屋でつい『フランス革命全史』に夢中になってしまい、気づくとオーレリィは店先で見知らぬ大柄な婦人と立ち話をしていた。

・・・まあ、自分から誘っておいて、私はなんて失礼なことを・・・

が、慌てて本を置いて駆け寄ろうとしたセーラ中尉の眼の前で婦人は、なんとオーレリィを違う名前で呼んだのだ。



『今の方は・・・?男の方みたいな格好をされていたけど・・・』
『ええ、ちょっとした知り合いよ。懐かしくておしゃべりしていたの』ygu789054534.png

オーレリィは、一部始終を聞かれたことに気づいてはいないようだった。

・・・オーレリィ、あなたはいったい・・・?

しかし、セーラ中尉は年齢以上に大人であった。

『誰にでも事情はあるわ。本当は、聞かせてもらえれば嬉しいけれど、あまり行き過ぎればお節介になってしまうわ。それに、彼女が話してくれないのは、まだ私の努力が足りないから。でも、だからといって、彼女への信頼が変わるものではないわ。そうよ、私はオーレリィを信じている・・・』

博愛主義者で性善説を信じるセーラ中尉は、それ以上の追求はしなかった。

・・・いつかきっと、笑顔でお話できる時が来るわ、いつかきっと・・・

しかし事態は、彼女の気持ちになどお構いなく、一気に緊迫の度合いを増していった。

~次回予告~
西部戦線の空に飛び立った私たち。アーメンガード、オーレリィと協力して、ひまわりの名前に恥じないよう、一生懸命頑張ります。ところが、私の戦いぶりが、思わぬ事態を招いてしまうのでした。次回、飛行士セーラ 『空中戦闘』 ご期待下さい。

第4話
空中戦闘

膠着した西部戦線の状況打開を図るドイツ軍が、地上部隊の前進に合わせ、航空部隊をパリ周辺上空にまで侵攻させてきたのである。突然の空襲警報に、滑走路でまた、退屈な取材を受けていたひまわり中隊は、即座に飛び立った。彼女たちの初陣だ。

『敵機来襲!これは演習ではない!繰り返す、これは演習ではない!』

奇襲を受けた連合国航空部隊が混乱する中、3機の小さな花は、多数のドイツ機を撃墜し、一躍その名を両陣営に轟かせたのであった・・・

そしてこの日を境に、ひまわり中隊は本格的な戦闘態勢に入った。それは、ようやく彼女たちの操縦士としての力が認められた結果にほかならなかったが、軍上層部としては、日々攻勢を強めるドイツ軍の前に、もはやなりふり構っていられない状況に陥りつつあったのである。

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セーラとアーメンガードは、英国軍正式採用のソッピースパップ戦闘機を受領した。”子犬”の愛称を持つこの小型機は、運動性能が抜群で、小柄なひまわり達にぴったりの機体と言えたが、なぜかオーレリィだけは、フランス空軍のニューポール17戦闘機だった。このあたりにも、彼女の秘密が隠されているのかもしれない・・・

いずれにしろ、この小さな英仏混成飛行隊は、以後、相互連携した編隊飛行戦法で、大活躍を見せ始める。オーレリィが真っ先に突入して混乱させ、アーメンガードが側面援護、最後の仕上げはセーラ、という役割分担も冴え、順調に撃墜機数を伸ばしていったのである。また、セーラ中尉の得意とする宙返り飛行が、その優雅で美しい動きから『プリンセスターン』と呼ばれるようになったのも、この頃である。やがて、こうした彼女たちの活躍は『ひまわりの舞踏会』と称され、劣勢にある連合国軍に大きな勇気を与えたのであった。

戦法の特性上、実際の撃墜スコアは、セーラが抜きん出て多かったが、控えめな彼女は、しばしば共同撃墜を主張し、功績を独り占めする素振りすらなかった。また、その騎士道精神にあふれた戦いぶりは、味方のみならず、敵方ドイツ軍にまで、広く知られるようになっていった。

セーラ・クルー中尉は、激烈な空中戦のさなかでも、決して相手の操縦席は狙わず、戦闘能力を失った敵機に止めを刺すこともしない。更に、被弾し落下傘降下を図る相手操縦士にも、情けをかける・・・

これらはしばしば、総司令部からの査問対象になったが、いつも終始穏やかで、控えめな彼女は、この点に関してだけは、頑として譲らなかった。

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~航空部隊司令部からの詰問に、正論で抗弁するSara中尉~

『君は我が大英帝国軍の一員でありながら、敵を倒すことができんのか?』
『私に与えられた任務は、相手航空戦力の殲滅です。無用に人を傷つける事ではありませんわ』
『そんな情けこそが無用なのだ』
『いいえ、敵機を飛行困難にした時点で、私の任務は完了しています』

怯まない彼女に、お偉方は失笑した。

『やはり、小さな深窓のご令嬢には、戦争の本質がご理解頂けんようだね』

最後には、いつも、若すぎるセーラ中尉への揶揄で会話は終わった。しかし司令部としても、戦闘機どうしの格闘戦から爆撃隊への攻撃、更にはツェッペリン飛行船の迎撃にまで活躍する彼女を飛行禁止にもできず、結局はお咎めなし、なのであった。

トレードマークの青いマフラーをなびかせて飛ぶ、碧眼・黒髪の少女飛行士は、多くの操縦士たちの心に残り、はじめは戦場伝説だと笑い飛ばしていた者たちも、一度あいまみえれば、その真実を目にすることになる・・・

『戦場の空に咲く花、か・・・一度手合わせ願いたいものだな・・・』

ドイツ帝国陸軍航空隊最高の撃墜王、レッドバロンことマンフレート・フォン・リヒトホーフェン中尉も、思わず感嘆の言葉を漏らしたという・・・

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~次回予告~
戦いの空に羽ばたく私たち。素晴らしい仲間と力を合わせ、ひたむきに生きる日々。でも、その先に待っていたのは、悲しいお別れだったのです。次回、飛行士セーラ 『悲しみの空』 ご期待下さい。

第5話
悲しみの空

やがて1917年の春を迎える頃、3人の機体は撃墜マーク(キルマーク)でいっぱいになっていた。アーメンガード少尉機は『赤いりんご』、オーレリィ伍長機は『三脚に据えた写真機のシルエット』が、それぞれ撃墜マークであった。さらにオーレリィ機には、カウリングにおかしな顔の黄色い仔犬が描かれていた。このオーレリィの機体マーキングは話題となり、誰もがその意味や由来を聞きたがったが、彼女は曖昧に微笑むばかりであった・・・

そして、最多の撃墜数を誇るセーラ中尉機は、ひまわりの花を撃墜マークに使っており、空色に塗られた小型のソッピースパップ戦闘機の側面には、まるでお花畑のような光景が広がっていた。

『セーラ、あなたの機体、とても綺麗ね。本当にすごいわ』

アーメンガード少尉からの賞賛にも、しかしセーラ中尉の心は晴れなかった。愛機を埋め尽くす愛らしいひまわりの花は、確かに戦う飛行士としての誇りであるが、同時に、戦場に散った敵操縦士の魂でもあるのだ。それを思うと、彼女の憂いは、次第にその色を増してゆくのであった。

『これが、私の憧れていた青空なの?お父様・・・』

いくら尋ねても、答えはない。そんな時は、パトロール飛行の合間に機首を西に向け、ドーバー海峡に沈む夕日を静かに眺めると、心が慰められた。その美しさは、わずかな時間ではあったが、戦争という現実を忘れさせてくれるのであった。

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~ドーバー海峡の夕景~

『あまり深く考え過ぎないで、セーラ・・・』

こんな心が弱った時は、いつも明るく交わってくれるアーメンガード少尉よりも、いまだ少し距離のあるオーレリィ伍長の言葉が、より身にしみて感じられた。それは多分、オーレリィが抱えている悲しみのなせる業だろう、とセーラ中尉は思った。自分が深い悲しみを知っているからこそ、人にも優しくできるものなのだ。

『ありがとう、オーレリィ。もう大丈夫よ、ごめんなさい』

心からの感謝を述べたセーラ中尉は、いつかは彼女の力になってあげたい、と強く思うのだった。戦場の空をともに翔ける者同士、少しづつとは言え、オーレリィ伍長も親しみある表情を見せるようになってきている。

・・・本当のお友達になれる日も近いわ・・・

だが、戦争という過酷な運命は、芽生えかけた友情を一瞬にして引き裂くのであった。

久しぶりの休日。非番のセーラ中尉が愛機の翼下で読書に没頭していると、ふと差した人影。オーレリィ伍長だ。

・・・彼女の方からやって来るなんて、珍しいわ・・・

そう思いつつも、今日こそゆっくりお話できるのでは、と期待したセーラ中尉だったが、聞こえてきたのは衝撃的な一言だった。

『お別れだわ』
『え?!』
『転属命令を受けたの』

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『いまごろどうして、あなただけ・・・?』

急なお別れに動揺するセーラ中尉に、オーレリィ伍長は淡々と続けた。

『今度はオーストリア・ハンガリー帝国が相手みたい。わたし、あそこのボスニアやクロアチアあたりには、ちょっと詳しいの。だからじゃないかしら』
『そんな・・・』

あくまでも冷静な口ぶり。

『それにしても、イタリア空軍もだらしないわね。今頃になって救援を求めてくるなんて・・・』

平静さを失わないその様子を見て、しかしセーラ中尉は思うのだった。本当は彼女も、この別れを心底悲しんでいるに違いない、ということを。

・・・たぶん、彼女は、こうしたお別れに慣れているんだわ・・・

どこか旅慣れた感じのオーレリィ伍長は、これまでも深い悲しみを、いくつも乗り越えてきているのだろう。その悲しみを、お友達として共有できなかった悲しみを感じつつ、セーラ中尉はこみ上げてくる涙を懸命にこらえた。

・・・泣いてはいけないわ、泣いては・・・旅立つ友は、笑顔で送り出さなければ・・・

ふと思いついて、手にした本を差し出す。

『せめてこれを・・・』
『ありがとう。大切に読ませていただくわ』

セーラ中尉が精一杯の別れの品を手渡すと、オーレリィ伍長はあっさりと背中を向けた。と、気付いたように振り返り、付け加える。

『アーメンガードたちにもよろしくね』
『え、ええ・・・』
『残念だけど、あなたとはもう二度と会えなくなるわ』

今日のオーレリィは、私服だった・・・紺色の素敵なワンピースに、空色の帽子がとてもよく似合う。痛々しさも感じさせる満面の笑顔で歩み去る、スラリとした後ろ姿が、滲んでゆく。もう届かないと知りつつも、

『・・・いいえ、そんなことはないわ。いつかきっと会えるわ。そしてまた、一緒に翼を並べて飛びましょう。それまでは、しばしのお別れね。どうか無事でいて、ペリーヌ・・・』

セーラ中尉は、ついに呼ぶことのなかったオーレリィ伍長の本当の名前をそっと呟き、去りゆく親友への花向けとしたのだった。

~次回予告~
悲しいお別れのあとも、戦いは続きます。そして訪れた、最高の敵との一騎打ちの時。戦いの行方は?ひまわり中隊の運命は?次回、飛行士セーラ最終回 『大空の対決』 ご期待下さい。

最終話
大空の対決

友は去りぬ・・・

しかし、状況はセーラ中尉たちに休むいとまを与えなかった。彼女たちの奮闘にもかかわらず、フランスの空は、ドイツ帝国陸軍航空隊によって制圧されつつあったのだ。その中心にいるのは、もはや伝説となった撃墜王レッドバロン。彼の率いるドイツ帝国陸軍第11戦闘機隊(Jasta 11)は、新型戦闘機アルバトロスDⅢを擁し、各所で連合軍機を圧倒していた。

やがて訪れた『血の4月』と呼ばれる連合軍の大敗北。ひまわり中隊も、アーメンガード少尉が負傷帰国し、セーラ中尉だけになってしまったが、それでも彼女は果敢に戦い続けた。その間、レッドバロンとの交戦も数回に及んだが、味方が次々と撃ち墜とされてゆく中、彼女は、絶頂期にある彼と対峙して、常に互角以上の戦いを見せていた。祖国と連合国のために戦うセーラ中尉にとって、彼との空中戦は、他の何物にも代え難い時間でもあった。最高の強敵への畏敬の念は、いつしか友情へと置き換わっていたのだ。そしてそれは、無情の空に生きる者だけが共有できる、悲しい友情であった。

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~射撃距離100・・・蒼空を切り裂く曳光弾~

『見せてもらおうか、気高き花の実力とやらを!!』

敵味方が入り乱れる中、猛然と襲い来る赤い機体を紙一重で躱し、後ろについたセーラ中尉の目前で、再び消える赤い機影。

『は、速いわ・・・!』
『フォッカーとは違うのだよ、フォッカーとは!』

一瞬で背後を取ったレッドバロンが、機銃弾を送り込む。が・・・

『くっ装填不良か・・・?!』

機銃が弾詰まりをおこしたレッドバロン機は、戸惑ったように機首を引き起こした。急降下したセーラ機は、その隙を見逃さず遂に敵影を照準に捉える。しかし、瞬時に相手の異常を察知した彼女は、思わず機銃のトリガーにかけた指を緩めてしまった。

『なぜ撃ってこない・・・?』

絶好の射撃位置を占めておきながら、バンクして離れてゆくソッピースパップ戦闘機を、信じられない思いで見送る、レッドバロンことフォン・リヒトホーフェン中尉。

『情けをかけられたのか?このレッドバロンたる私が・・・?』

戦闘空域を離脱しつつ、セーラ中尉は複雑な思いに駆られていた。今の自分の判断は、果たして許されるのだろうか、と・・・

『戦うすべを失った相手は撃てないわ・・・ましてやそれが、偉大な敵であればあるほど・・・』

あそこで彼を撃墜しておけば、今後どれほど多くの味方機が救われたことだろう。これは私の自己満足でしかないのかも知れない。でも、この心をなくしてしまったら、私に空を飛ぶ資格はないわ、たとえその空が、悲しみに満ちた戦場であっても・・・そうでしょう?お父様・・・

碧眼に青空を映し、セーラ中尉はそっと呟くのだった・・・

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

そしてついに訪れた、両者一騎打ちの時。単機で偵察飛行中に遭遇した2機は、決着をつける時が来たことを悟った。

『お父様、どうか見守っていて下さい・・・』

胸の内で呼びかけると、セーラ中尉はスロットルを開いた。

ソンム川上空14:00。快晴。夏の日差しが照りつける中、十数分間の激戦の末、インメルマンターンを決めたレッドバロン機と、プリンセスターンで応じたセーラ中尉機は、相討ちの形で共に被弾したが、不時着を余儀なくされたのはセーラ機の方であった。

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~戦うひまわりの敗北。勝者と敗者を分けるものとは・・・~

『あの方の勝ちだわ・・・今の私では・・・』

巧みなコントロールで機体を無事着陸させると、エンジンを切り、飛行眼鏡を外す。そして澄み切った青空を見上げた彼女は、煙を吐きつつも真っ直ぐに降下してくる赤いアルバトロスDⅢ戦闘機の機影に、覚悟を決めた。ここで掃射を受ければ、もはや躱すすべはない。

・・・全力を尽くしての敗北は、受け入れるしかないわ。ごめんなさい、お父様・・・

しかし敵機は、地表ギリギリまで降りてくると、一転、主翼を翻して飛び去っていく。彼女の優れた視力は、去り際に敬礼する相手操縦士の姿をはっきりと捉えていた・・・

言葉にならない想いを胸に、セーラ・クルー中尉は、もう見えない機影に対して、精一杯の敬礼を返すのであった・・・

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

数ヵ月後。

セーラ中尉が新機材受け取りのため、英本土へ帰国しているあいだに、戦局は逆転していた。今や、強大な工業力を持つアメリカ合衆国の参戦で、大戦の勝敗はほぼ決していた。ひまわり中隊は、アメリカ陸軍航空隊から勝気な少女、ラビニア・ハーバート中尉を新たに迎え、アーメンガード少尉も復帰して再び3機体制になっていたが、前線に投入されることはなかった。大幅に増強され、新組織となった英国空軍(RAF)司令部は、抜群の撃墜スコアを持つ天才少女飛行士を温存したかったのである。しかし、セーラ中尉は前線復帰を熱望していた。彼女には、戦争が終わる前に、どうしてもしておかなければならないことがあったのだ・・・

『戦場で受けたご恩は、戦場でお返ししなければ・・・』

しかし彼女は、恩返しの機会が永遠に失われたことを知る。好敵手レッドバロンは、すでにオーストラリア軍の対空砲火を受け、戦いの空に散っていたのだ。あの精強を誇ったドイツ帝国陸軍航空隊も、昔日の面影はない・・・

そして再び戻ってきた、フランスの空。制空権はもはや、完全に連合国の手中にある。遮る敵影はない。ソンム川上空14:00。単機のセーラ中尉は、操縦席からひまわりの花束をそっと投げた。あの日と同じ快晴の青空の下、今は亡き好敵手と、帰らぬ全ての人々への思いを込め、愛機ソッピースパップ戦闘機を垂直旋回に入れる。新型戦闘機が大量配備された今でも、彼女はこの『子犬』を好んで使っていた。

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~全ての人々に捧ぐ。戦場の空に舞う、黄色いひまわり・・・~

やがて彼女の機体は、青い空に舞う黄色いひまわりを背景に、プリンセスターンと呼ばれた美しい宙返りを繰り返すのであった。いつまでも、いつまでも・・・

-END-

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But to be continued・・・


これより先は、各位のご判断でご覧下さい。

~終章:もうひとつの結末~

万感の思いと共に、プリンセスターンと呼ばれた美しい宙返りを繰り返すセーラ中尉機。が、そこへ近づく機影に、彼女は気付かない。アルバトロスDⅢ戦闘機を操縦する初陣のドイツ少年飛行兵は、教官に習った通りの操作で接敵し、ぎこちなく機銃のトリガーを引き絞る・・・照準に捉えた目標の偉大さを、彼が知ることは永遠にないだろう・・・

あとにはただ、夏にはまだ少し早い日差しが、照りつけているだけであった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『そう、セーラ・クルーが・・・』

それだけ言うと、ペリーヌ・パンダボワヌ元伍長は、秘書室の窓から青空を見上げた。間もなくこの世界大戦も終わるだろう。祖国フランスの勝利とともに・・・孫と名乗れず、ただの秘書として尽くす毎日に耐えかねて、祖父の元を飛び出し、はるばる英国に渡ってまで参加した、操縦士としての戦いの日々・・・

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~マロクールでの回想。その細い後ろ姿が語るものは何か・・・~

いくら愛しても報われないのなら、いっそ誰も知らない場所に我が身を置いてみたい。そう思って飛び込んだ戦いの果てに、私が手にしたものは何だったのだろう。

今、あの日々の記憶は、ここにある一冊の本だけだ。

『レ・ミゼラブル』

別れ際、セーラ・クルー中尉がくれた物である。角がすり切れるほど何度も読んだが、今でもふとした折に、手にとってしまう。挟んだ栞には、美しい文字が書かれていた。

あなたにとって、明日がきっと今日よりもいい日でありますように S. C.

きっとあの時、セーラがとっさに書き記したのに違いない。以来、本を開くたび、彼女の想いに包まれるのを感じたものだ。

オーレリィとして、自分の人生を切り開こうと思っていたが、実は祖父の目が常に光っていたことは、つい先日知った。いつも自分だけ、フランス製の機材が供給されていたから、おかしいとは思っていたんだけど・・・

突然の転属命令も、そうした祖父の手回しだったのだろう。精強なドイツ帝国陸軍航空隊よりは、オーストリア・ハンガリー帝国航空隊を相手にした方が、より安全だと思ったのか。いらぬお節介だったけれど、そのおかげで撃墜スコアは伸びたわ・・・

春まだ浅いボスニア戦線で、撃墜王として名を馳せていた彼女のもとに、なんの前触れもなく、顧問弁護士のフィリップス氏がやって来た日のことを思い出す。もう自分ひとりで生きてゆこう、と誓っていたオーレリィ伍長は、何らの期待もせず彼を迎えた。

・・・今更、この私に何の用があるというの・・・?

『パリでは、ひまわり中隊の皆さんに会ってきました。皆さんとてもお元気そうでした』
『まあ、中隊のみんなに・・・?』
『ええ。それと、何とおっしゃいましたか・・・ブルーのマフラーを巻いた碧眼の方にも・・・』
『セーラ・クルー!!
『ああ、そうでした。セーラさん、でしたな。彼女がよろしくと申しておりました。ペリーヌ様』

いきなり本名を呼ばれ、息を呑む。滑走路でタキシングする味方機のエンジン音が、すうっと遠のいた・・・どうして、どうしてセーラが私の名前を・・・?

しかし、驚愕のあとに浮かんだのは、微笑みだった。

『彼女なら不思議ではないわ、ええ、あのセーラなら・・・』

今は、このパンダボワヌ工場に戻り、創業者一族に名を連ねて、忙しい日常を送っている。思えば、セーラ中尉たちと過ごしたアミアン基地は、ここからさほど遠くない・・・この一帯は奇跡的に戦火を免れ、かつての面影を色濃く残している・・・つい半年ほど前まで、機銃弾の飛び交う戦場の空にいた自分が、今度はマロクールの街づくりなんて、本当にどうかしているわ・・・

『お友達がどうかなさったのですか?お嬢様・・・』

忠実な老執事が、控え目に問いかけてくる。そう、そうなのだろう、分かっている。飛行学校出身のエリート士官でありながら、誰にでも分け隔てなく接してくれたセーラ・クルー。深い友情を示してくれた彼女を、はじめは疎ましくも感じた。でも、本当は私も欲しかったのだ。人の優しさが、そしてセーラのような親友が・・・深夜、ベッドで一人、涙を拭っていた彼女にも、辛い過去があったに違いない。今ならば、全部聞いて欲しいし、全部聞いてあげたい。結局素直になれず、ちゃんとしたさよならも言わずに別れてしまった。あの頃の私は、何が悲しくてあんな態度をとってしまったのだろう。あの転属命令さえなければ・・・

このマロクールまでの遠い道のりで、母から学んだはずだったのに。愛されたければまず愛せよ、と。それをひたむきにしていたのは、あなたの方だったわ。ああ、会いたいわ、セーラ・・・でも、もう遅い・・・

悔やみきれない思いがこみ上げて、うつむいた視界の先に、手にした電信文がある。セーラ・クルー中尉機の行方不明を知らせる、たった1行の電文。日付は昨日だ。英文のまま送られてきたそれを、ぼんやり眺めていると、ふと、不時着技術も抜群だったセーラが思い出された。エンジントラブルや燃料漏れなど、どんなアクシデントでも、彼女は決して機体を見捨てず、不時着陸させては、みんなを驚かせていたものだった。

『またなんとか降りられちゃったわ・・・』

はにかんだように微笑んでいた横顔が、ありありと蘇ってくる。

・・・まさか・・・いいえ、そう、そうよ、そうだわ、そうに違いない・・・!!

にわかに元気を取り戻したペリーヌ元伍長には、セーラ中尉の声がはっきりと聞こえた。

・・・ええ、彼女とはまた会える・・・!

『いいえ、違うわ、違うのよ、セバスチャンさん・・・』
『は・・・?』

戸惑う執事にそれ以上は答えず、ペリーヌは小さく呟いた。

『きっと会えるわ、きっと。だって、私たちは、お友達ですもの・・・』

もう一度青空を見上げた彼女には、ひまわり色に染まったソッピースパップ戦闘機のエンジン音が、確かに聞こえるような気がするのであった。

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Forever Sara

付録
作品資料

時系列カレンダー

 【青:セーラ関連事項】   緑:作中設定】   黒:歴史的事実】

1913年3月
 ラルフ・クルー大尉、インドで亡くなる

1913年4月
 ロンドンを出発、親類を頼ってフランスへ(セーラ長旅編)

1913年5月
 フランス、パリ近郊のワーテルロー亭到着、小間使いとして酷使される

1913年9月
 地元市長の計らいで、ワーテルロー亭脱出

1913年10月
 ロンドン市内の寄宿学校に転入、いじめを受け、メイドにされる

1914年7月
 寄宿学校からの脱出

1914年8月
 第一次世界大戦勃発
 英国陸軍飛行学校入学(士官候補生セーラ)

1915年
 訓練課程で天才的技量を発揮

1916年11月
 戦況悪化のため、飛行学校を繰り上げ卒業

1916年12月 
 飛行士選考試験合格

1917年1月
 ひまわり中隊入隊
 正規軍エースとの模擬空戦に勝利

1917年2月
 フランス、アミアン基地へ進出
 オーレリィ伍長の本名を知る
 初の実戦参加

1917年3月
 ひまわり中隊の黄金期(ひまわりの舞踏会)
 オーレリィ伍長、ボスニア戦線へ転属

1917年4月
 連合国航空部隊の敗北(血の4月)
 アーメンガード少尉、負傷療養のため戦線離脱
 レッドバロン機との空戦(セーラ機、機銃故障の相手を見逃す)
 アメリカ合衆国の参戦

1917年6月
 アーメンガード少尉、飛行訓練学校教官へ一時転任

1917年8月
 レッドバロン機との再戦(セーラ機不時着、敗北)

1917年9月
 英国本土へ帰国

1917年10月
 ラビニア・ハーバート中尉がひまわり中隊に着任
 アーメンガード少尉、ひまわり中隊に復帰

1917年11月
 前線復帰願い、却下される(司令部、セーラ中尉温存方針)
 ロンドンで飛行訓練学校教官に着任

1918年2月
 西部戦線に復帰するも、飛行許可降りず
 パリでフィリップス弁護士と面会

1918年3月
 オーレリィ伍長、ボスニアでフィリップス弁護士と面会

1918年4月
 レッドバロン機、撃墜される
 オーレリィ伍長、故郷マロクールへ帰着

1918年6月
 飛行が許可される
 初陣のドイツ機の奇襲を受け、被弾不時着

1918年7月以降
 単機での作戦行動で、撃墜スコア積み上げ

1918年11月
 ドイツ帝国降伏、第一次世界大戦終わる

1919年1月
 英国空軍を除隊

1919年2月
 アメリアロンドン女学院転入(セーラ女学生編)

1919年3月 
 オーレリィとの再会
 ラビニア・ハーバート中尉、アメリカへ帰国

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声の出演(敬称略)
●セーラ・クルー中尉:島本須美(ナレーター兼任)
●オーレリィ伍長:靏ひろみgudty.png
●ペリーヌ・パンダボワヌ元伍長:靏ひろみ(1人2役)
●アーメンガード・セントジョン少尉:八百板万紀
●ベッキー兵長:鈴木三枝
●アメリア・ミンチン司令:梨羽由記子
●ラビニア・ハーバート中尉:山田栄子
●マンフレート・フォン・リヒトホーフェン中尉:池田秀一
●ビルフラン・パンダボワヌ氏:巌金四郎
●ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世:巌金四郎(1人2役)
●ラルフ・クルー大尉:銀河万丈

作中音楽
●主題歌 『ひまわり 飛行中隊Version』 / 歌:下成佐登子
●挿入歌 『水色の空へ 空戦Version』 / 歌:島本須美
●BGM 『愛はきらめきの中に How Deep Is Your Love』 / Bee Gees(1977)

企画制作
●日本アニメーション
●フジテレビ

資料提供
●英国空軍広報部
●マロクール市役所観光課
●ドイツ国防軍戦史室

協賛企業 houyds.png
●KLMオランダ航空
●パンダボワヌ製糸
●アメリアロンドン女学院
●バンダイ
●タミヤ
●ハセガワ
●アオシマ
●ファインモールド

最後までお読みいただき、ありがとうございます。本作品『飛行士Sara 戦場に咲く小さな花』は、世界名作劇場『小公女セーラ』へのオマージュ作品として、書き下ろしたものです。セーラ・クルーという気高き少女を主人公としていますが、同時に『ペリーヌ物語』との関連性も持たせています。わたくし管理人といたしましては、この両作品の比較研究、という意味も兼ねてのトライアルでした。

全体として、ストーリー展開と、人間関係に重きを置いた構成を意図しています。よって、作品の背景描写に使用した第一次世界大戦前後の世界情勢や、同時期の軍事的要素に関しましては、必ずしも事実に沿うものとはなっておりませんことを、予めご了承ください。

 ※新任の士官がいきなり中尉になることはないです。
 ※作中のカットに使った航空機は、第一次世界大戦時のものではありません。
 ※フランスのアミアン周辺は激戦地で、空軍基地は存在しませんでした。etc・・・

その上で、お楽しみいただけましたら幸いです。

世界名作劇場.net 小公女セーラ研究サイト
http://alittleprincesssara.web.fc2.com/
飛行士Sara 戦場に咲く小さな花 【全6話】
~歴史的事実・軍事的常識に矛盾する記述箇所に関しては、ご容赦下さい~

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