エピローグ
今日もピーター君は露天の店先にいた。学院での戦いが終わり、彼にも日常が戻ってきたのだ。硝煙よりも新鮮な野菜の香りが好きな、生粋の下町っ子なのだった。
思いがけず開花した、戦闘機パイロットとしての才能も、今の彼には無用の物だった。学院に残る道もあったが、勉強は柄でもないと断ってしまった。下町への捨てがたい思いがあったのは確かだが、本当の理由には彼自身も目を向けたくはなかった。
…あのままそばにいるだけなんて、辛すぎる…
かなわぬ想いを忘れるには、この暮らしが一番であった。
「お~い、ピーター、そこの野菜配達しといてくれ」
「はいよ!毎度あり!」
快活に答えて駆け出そうとした背中に、澄んだ声が重なる。
「こんにちは、ピーター」
「お、お嬢様…!」
そこにありえない人の姿を認めて、彼は絶句した。
「ど、どうしたんです?」
「あら、どうしたかって、お野菜を買いに来たのよ。」
間近に佇むセーラ・クルーは、野菜かごを手に微笑みを浮かべる。さすがに、あのグレイのメイド服ではないが、かつてと同じエプロン姿だ。
…彼女は学院の主軸スタッフとして、教壇に立っているはず。こんなところにいるわけが…
「お教室にいるだけでは息が詰まってしまうの。こうしてお使いに出るのも気持ちいいものだわ。それに…」
明るく話す彼女が眩しくて、言葉が見つからない。
「で、でも、どうしてわざわざお嬢様が?新しいメイドも入りましたし、なにも直接いらっしゃらなくたって…」
「どうしてか、わからない?」
いたずらっぽくきらめく碧い瞳が、少年の姿を映す。
「だって、あなたに会えるもの」
5月のそよ風を受けて、店先のひまわりが静かに揺れていた。
END