運命の五分間
「な、なんですって？！」
再びの驚愕。鷲の巣で作戦地図を眺めご満悦のミンチン閣下に、衝撃情報が届けられた。市長夫人が参観に訪れるというのだ。なんという間の悪さ！今顔を出されたら、全てが白日のもとにさらされてしまう。セーラへの扱い・実の妹への仕打ち・デュファルジュ先生の追放、そして学院の経理の実態までもが…
ええい、こうなっては仕方ない。まとめて全部始末するしかないだろう。
市長夫人ご自慢の高速空母機動部隊は、さすがの院長軍も手に余る相手であった。湯水のように垂れ流される税金で作られたその大艦隊は、対空・対水上レーダーにＶＴ信管・ヘッジホッグとあらゆる新兵器を備える無敵艦隊だ。日々資金繰りに苦慮する院長軍では、まともに戦っては勝ち目がない。待ち伏せて奇襲するのが得策である。
「ええっ？市長夫人を、ですかい？」
学院を支える一大スポンサーへの攻撃命令に、さすがのジェームスも驚きを隠せない。
「同じことを二度言わせない！頼りになる味方とは、裏を返せば手ごわい敵なのです。今のうちに叩いてしまいなさい。」
…まあ、確かに一理あるわい。あのハイクラスぶったおばさんは、ミンチン学院よりもセーラ個人を気に入ってたからな。今のセーラの姿を見た日にゃ、怒り狂ったグラマンとカーチスの大編隊が飛んでくるのは、火を見るよりも明らかだ…
「今回はワタクシも出撃します。空母グラーフツェッペリンを準備しなさい」
げげっ！素人院長直々のお出ましか…こりゃ、再就職の準備も必要だな…ジェームスは敗北を悟った。
優秀な学院の敵信班は、市長夫人の愛用する暗号機『エニグマ』の乱数表を破り、正確な傍受電文を院長閣下に届けた。これで市長夫人艦隊の位置情報は筒抜けとなり、学院の勝利は確実と思われた。
が、悲しいかな、上流階級を気取る市長夫人はフランス語を使っていた。そして優秀すぎる学院の敵信班は、傍受した電文を原文のまま、院長閣下にお届けしてしまったのである。
フランス語はからっきしの閣下は、貴重なその情報を活用できなかった。またもくだらぬプライドが邪魔をして「読めん」の一言が言えなかったのだ。こんなとき、あのセーラ・クルーがいれば、無給で翻訳させられたのだが…デュファルジュ先生を追放してしまったのも早計だった。
優れた部下の功績を、愚かな上司が台無しにする。末期症状を呈した組織の典型例だ。結局、院長軍は最大のチャンスを逃し、敵の情報を全く得られぬまま、戦闘に突入せざるを得なかったのである。
勝敗は一瞬で決まった。
院長閣下直轄の大海艦隊は、ド素人院長の二転三転する兵装転換命令に振り回され、貴重な時間を浪費。全ての事態を知って激怒した市長夫人の急降下爆撃機の奇襲を受け、空母グラーフツェッぺリンは北海の藻屑となった。提督に転身したジェームスの乗る戦艦ビスマルクdreiも、北大西洋を逃げ回った末、アーメンガードさん指揮下の戦艦ネルソン、ロドネイからの40センチ砲弾を浴びて爆沈したが、ジェームスは味方を押しのけて救命ボートをひとり占めし、しぶとく生き残った。
地上戦では、落ち目の敵に情けは無用とばかり、反撃に移ったベッキーさん率いるアメリア派機械化旅団が学院領内を席捲、院長軍の布陣が手薄な沿岸部（通称ジェームスの柔らかい下腹）から総攻撃を仕掛けた。セーラさんも、”おじさま”からの後方支援の下、史上最大の作戦と称される一大攻勢をかける。
もともと傭兵主体の院長軍はあっけなく四散し、モーリーを筆頭にクリスフォード氏の資金目当てに転向する部隊も続出。追い詰められた院長閣下は、スウェーデン王室を通じて、盛大なセーラさんのお誕生会開催を提案したが、一蹴された。やがて、エルベ川付近でセーラさんとベッキーさんが感動の再会を果たして、ふたりは固い抱擁を交わしたのであった。
そして５月の朝露の日、学院本部の煙突にひまわりの旗が掲げられ、ここに戦闘は終結した。
「The war is over」
終戦を告げるラジオ放送が流れる中、学院の広間で勝利宣言がなされた。推されて壇上に立ったセーラさんは、手短に平和の到来を祝した後、美しい声でこう結んだ。
「戦いは終わりました。これからはみんなで力を合わせて進んでいきましょう。目の前には、学院をより良くしてゆくための長い道のりが待っていますが、既に私たちはその半ば（ミッドウェイ）までやって来たといってもよいでしょう。」
ミンチン学院が『アメリアロンドン女子学院』として新たなスタートを切るのは、その３日後のことである。
