バルバロッサ
「私がお前たちをここに呼んだのは、決してお前たちの失敗を許したからではありません。それはわかっていますね」
「へ、へい、院長閣下…」
冷たい視線にすくみつつ、夫妻は腰をかがめる。…部下の失敗すなわち上司の失敗じゃねえんですかい…?
「よろしい」
口元だけで笑うと、院長はペーパーナイフを手にした。メガネが鋭く光る。殺気を感じ、ジェームスは遅すぎる後悔に苛まれた。とうとうどっかで逆鱗に触れちまったか…こんなことなら隠しといたミートパイ、食っちまうんだったな…
「私は再び、学院の未来をお前たちの手腕に託すことにしました。さ、これを開けるのです」
ナイフと共に放られた封筒を手にする。次期作戦の命令書だ。…ふうっ、もったいつけやがって、最初から開けてよこせばいいものを。でもどうやら、これでミートパイは食えそうだ…
が、彼が目を通すより早く、壁の作戦図を示して院長の声が響く。全てにおいて自己中心的、他人に気を配るという発想がないのだ。
「現在賊軍は、はるばる喜望峰を廻ってアメリカから軍需物資の供与を受けています。どうせあのピーターあたりの手引きでしょう。ですからここで待ち伏せて、補給路を絶つのです!」
強い口調で言い切ると、院長はスエズ運河の辺りを指揮棒で弾く。
「あの…アメリカからっていうと、北大西洋を通っているんじゃ…」
「お、お黙り!余計なことは言わんでよろしい!私に対する重大な侮辱です!」
「へ、へえ…」
院長閣下に世界地理の知識がないのはもはやバレバレであったが、彼女の高すぎるプライドが、それを認めようとする心を邪魔した。愚か者ほど、ちっぽけなプライドを大事にするものなのだ。畳み掛けるように命じる。
「いいですね、ジェームス。直ちに全軍を喜望峰に向かわせるのです。作戦名はバルバロッサ!」
「バ、バロン…?」
「作品が違います!!」
「へ、へえ?」
今度は作戦地図のモスクワ付近をバンバン叩いてわめく院長の剣幕に反論すらできず、ジェームスたちは引き下がった。
…なんてこった…あの院長、地理の学力は年少組レベルじゃねえか。セーラあたりが聞いたら、笑いすぎて吹っ飛んじまうぞ…それにしても、俺の組み立てた完璧な作戦計画や部隊配置を、鶴の一声でぶち壊すミンチン院長閣下。いつもこれの繰り返しだ。ちょいと前に、セーラのオヤジさんのしくじりを笑った覚えがあるが、ひょっとして、とんでもないボロ鉱山を掘り当てちまったのは、俺たちの方だったのか…?
かみ合わない作戦会議(とはとても呼べないものだったが)が終わり、院長軍は一斉に行動を起こす。ポケット戦艦から仮装巡洋艦、そして多数のUボート群が持ち場を離れ、見当違いな喜望峰へと移動を開始した。給料の未払いに苦しむその将兵たちは、まさか寸劇のような作戦室で自分たちの運命が左右されていることなど、知る由もない…