レンドリース
遠雷のような爆音の後、建物が振動する。学院側の28センチ列車砲だ。
「大丈夫。ここまでは届かないわ」
不安げな瞳を揺らすロッティさんを、セーラさんが優しく抱きしめる。ダンケルクの奇跡の後、ピーター君のスピットファイヤ部隊の前に2000機の軍用機を失ったミンチン院長は、遂に空軍による攻撃を諦め、散発的な長距離砲撃作戦に切り替えていた。ピーター君を温存したアーメンガードさんの判断は、やはり正しかったのである。
この時期、学院は財政難のため、次期作戦の準備に思わぬ時間をとられ、その軍事行動は停滞気味であった。おかげで連日の空襲から解放され、アメリア派はつかの間の休息を得ていたのだった。セーラさんを中心に授業は続けられ、食卓はベッキーさんが一手に引き受けていた。陣営を象徴するひまわりが揺れる司令部で、後に『大西洋憲章』の名でまとめられることになる声明が作られたのも、この頃だ。
皆の雰囲気は明るかったが、一方で先の見通しが立たないのもまた、動かしがたい事実だった。既に補給は途絶えて久しく、院長軍の準備が整ってしまえば、戦闘の結果は誰の目にも明白だった。当初は遠足と勘違いしていた年少組の生徒たちから順に、次第に疲労の色は全軍へと広がりつつあった…
「ほう?私にあのセーラ君を」
「ええ、そうですのデュファルジュ先生。あの子は先生には懐いていたようですし、ころっと騙せ、いや、説得できますわ。もちろん報酬は思いのままです」
院長軍総司令部『鷲の巣』の中。囚われの身のデュファルジュ先生は、大きくため息をついた。院長閣下は彼に、セーラさんとの『和平交渉』を仲介するよう、勧めていたのであった。が、実際は先生に選択の余地など無く、和平交渉の中身が騙し討ちの総攻撃であることは明らかであった…
前大戦も知るデュファルジュ先生は、小さく頭を振ると口を開く。
「ロンドンはいい街だが、この年になると冬の寒さが堪えましてなあ」
これを聞いて表情を一変させる院長閣下。
「では、お引き受けいただけないと?」
彼の返事は、穏やかな微笑であった。
結局デュファルジュ先生は、故郷の南フランスへと国外退去となった。硝煙に煙る地平線を振り返り、呟く。
「さらばじゃ。セーラ君。そして私の生徒たち。いつも勇気と希望を忘れんことじゃ…」
老兵は死なず。消え去るのみ。
その頃、アメリア派が展開する学院領のお隣、クリスフォード領内では、事態を聞いた領主クリスフォード氏が、義侠心に燃えていた。
「ラムダス!陰りのある屋根裏の少女によろしく伝えてくれ。そう、そうだな、まずはシーファイヤとランカスターを1万機ずつ、それとクルセイダー巡航戦車を10万輌ほど送ってやってくれ。くれぐれも私からとは気づかれんようにな」
「私も同じことを考えておりました。ご主人様」
有能な部下であるラムダス大尉は、細かいツッコミは一切せず、敬愛する主人の無謀な命令を聞き入れた。それができなければ、クリスフォード氏の相手は務まらないのだ。
そんなある日、アメリア派司令部を訪ねる人影があった。現れたのは、長身の将校だ。
「はじめまして、お嬢さん。米国大統領より親書をお持ちしました」
「まあ、ラムダスさん!」
「は?私の名前をご存知で?」
驚く彼に、育ちの良さを感じさせる微笑を返すセーラさん。
「ええ、あなたとはずっと、お近づきになりたいと思っておりました」
そんなやり取りを交わす二人の背後には、辺りを埋め尽くすほどの大補給部隊が出現していた。合衆国による軍事援助が始まったのだ。
「ああ、これは魔法だわ、決して覚めることのない…」
一報を受けて駆けつけたアーメンガードさんも、衝撃のあまり言葉が続かない。
「まあ、これはキティホークにカタリナ、平甲板型の駆逐艦まで…ああ、こっちにはM4シャーマン中戦車が。あら、これは105ミリ砲に換装されているわ…」
そこへさらなる大きな知らせがもたらされた。
「た、大変です、アメリア先生!その、その…」
「まあ、ジェインさんにリンダさん、どうしたんですの?今日はもう十分驚きましたわよぉ」
のんきに答えるアメリア先生。
「ラ、ラビニアさんたちがやって来たんです!」
「あらま!?なんてことでしょう!」
びっくりしたアメリア先生は、また腰を打ってしまった。