このページでは、主に『ペリーヌ物語』と『小公女セーラ』を、比較・考察しています。
ペリーヌ物語と小公女セーラ。この2つの作品に共通するのは「お父さん」というキーワードです。父の死が、苦難の始まりを告げているのです。ここでは、2人の父について、見てみましょう。
優しいお父様の、別の一面・・・
やがて苦節10年。とうとうインドでの生活を諦めたエドモン氏は、帰国を決意します。既に絶縁状態にあった祖父のもとへの帰還は、不本意極まりないものではありましたが、今後の暮らしのことを考えると、もう選択の余地はありませんでした。しかし、帰路エジプトのスエズで旅行資金が尽き、無謀にも陸路での長距離ルートをとったため疲労が重なり、妻子を残して病死してしまいました。 こうして見てみると、残念ながらエドモン氏の悲劇は、自業自得の結果と言わざるを得ない部分もあるようです。ペリーヌさんやマリさんを見れば、夫として、父として、愛情あふれる優しい人物ではあったようですが、一家の主としての責任を果たせたか、という点では、厳しい評価をせざるを得ません。
裕福な生家を捨ててまで、マリさんとの愛に生きた、と言えば美しい話ですが、それ以前にエドモン氏の行動の根本には、常にビルフラン氏への消し難い複雑な思いがあったと思われます。出奔した身として、絶対に実家に頼ることはしない、という強い決意があったのでしょうが、本当に家族のことを想うならば、危険を伴う困難な馬車での旅など、すべきではなかったのです。つまらぬ意地など張らずに、たとえどんな扱いを受けようとも、早めにビルフラン氏に救援要請をしていたならば、一家揃ってマロクールに帰ることができたはずです。その先のことは、家族みんなの安全を確保した後でなら、いくらでも取り得る手段はあったでしょう。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ <ビルフラン氏の責任>
孫とは知らずに手元に置いたペリーヌさんには、散々エドモン氏の妻子を侮辱するかのような発言を繰り返し、彼女の繊細な心をひどく傷つけました。また、自らの孤独感を癒すため、工場の運営事業にのめり込み、必要以上に他人に厳しく当たって、人望のない経営者という立場を作り上げてしまいました。彼の工場拡大路線の犠牲になった労働者たちは、どれほどいたことでしょうか。
ここで、ペリーヌさん・マリさんに対するビルフラン氏の真意がわかる発言をまとめてみましょう。聞く者にとって、あまりにも辛すぎる言葉の数々が並びます。これらを秘書として聞かされたペリーヌさんの胸中は、果たして・・・ わしはあの女を息子の嫁とは思っておらん。インドでの結婚式など、フランスでは問題にはならんのだ。だからあの結婚は、しなかったも同然だ。わしは息子の帰る日をいまだに待ち続けている。今すぐにでも、安心して工場を任せられる人間が欲しいのだ。だがあの女は、息子を離そうともしない。それはあの女が引き止めているからだ。浅ましい女め・・・! ここまでの本音を吐露しておきながら、この後一転してペリーヌさんへの愛情に目覚めるビルフラン氏。そのきっかけとなったのは、言うまでもなく、息子エドモン氏の死です。心の支えを失って病に倒れ、絶望に陥ったとき、最後まで傍らに寄り添ってくれたのは、信頼する秘書、オーレリィ(=ペリーヌ)さんでした。そしてその深い愛を感じ、ついに頑固な経営者は、愛ある人へと心を改めたのです。これほどまでの酷い言葉を浴びながらも、なお「愛されるには愛すること」という心を貫いたペリーヌさんの想いが、暗闇をさまようビルフラン氏を救ったのでした。自分の幸せだけでなく、他人の幸せも考えられる人とは、まさしくペリーヌ・パンダボワヌさんを指していたのです。 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ が、しかし・・・本当にそうなのでしょうか。ここで私たちは感じずにはいられません。ビルフラン氏の、あまりに利己的な側面を。彼がペリーヌさんへの愛に走ったのは、エドモン氏死亡という現実から逃れるためです。いわば、帰りを待ち望んでいた息子の身代わりです。もしもエドモン氏が無事に戻ってきていたなら、ペリーヌさんになど、見向きもしなかったでしょう。現に、物語が最大の盛り上がりを見せる雪の日の復活劇(第49話『幸せの涙が流れるとき』)においても、ペリーヌさんを気遣う言葉よりも先に彼が口にしたのは、自分の昂る喜びでした。人間誰しも、咄嗟に出た言葉こそが、真実です。 ● ペリーヌ・・・もう離さないぞ!もう二度と離さないぞ!ペリーヌ! 発言すべてが、自分自身に向けられています。帰らぬ息子という衝撃で、一度は諦めた溺愛の対象が、思わぬ形で手元に転がり込んできて、狂喜しています。ああ、とても嬉しい、良かった良かった、神に感謝しよう・・・つまり、ひとりで自己完結しているのです。そして結局、これが彼の本音なのです。もし彼が、本当の人間愛というものに目覚めていたのならば、もっと違う言葉があったはずでしょう。とにかくまずは、図らずも苦しめてしまったペリーヌさんに対する、償いの言葉を言うべきだったのです・・・ ● ペリーヌ・・・お前にはなんてひどいことを・・・どうか許しておくれ、ペリーヌ! しかし、実際に彼が後悔の念を述べたのは、急展開した事態が落ち着いたあとです。後付けの言葉に、果たしてどれほどの誠意と本心が含まれていたのでしょうか・・・ 自身一代で工場を大きく発展させたその手腕は、確かに評価に値しますが、人間的評価の方は、同じようにはいかないようです。最後は不自由だった目も回復して、ハッピーエンドを迎え、しかも今やその傍らには、新たな愛情の対象である、可愛い孫のペリーヌさんがいます。賢いペリーヌさんのことですから、祖父の口から聞いた辛い言葉の数々になど、もはや言及するはずもありません。つまり、ビルフラン氏の過去の所業を責める人物は、誰もいないのです。 こうして見ると、ビルフラン・パンダボワヌ氏は、ペリーヌさんをはじめ、実に多くの人々に苦しみや悲しみを与え続けてきたにもかかわらず、大した罰も受けず、何の代償も支払ってはいません。彼からすれば『その償いのために工場改革に着手したのだ』とでも言いたいところなのでしょうが、このあたりの事情は、奇しくもペリーヌさんが語っています。
新設の保育園落成式に祖父代理で出席した彼女は、ずばり本質を突く言葉を述べました。『おじいさまに感謝する必要はありません。だって、おじいさまは当然のことをしただけなんですから』と。 |
誰がための愛情・・・
彼がこれほどまでに急いでいた理由。それは、インドで新規事業を立ち上げようとしていたからでした。学生時代からの友人クリスフォード氏の誘いを受け、有望なダイヤモンド鉱山の採掘を進めていたのです。うまく掘り当てることができれば、世界有数の大富豪への道が開けるはずでした。しかし、なかなかダイヤモンドの鉱脈には行き当らず、やがて事業は資金難に陥ります。焦ったラルフ氏は、自らインド奥地の採掘現場に入りますが、熱病に罹り、短期間で病死してしまいました。最愛の我が子、セーラさんを遠くロンドンの地に残したまま・・・ こうして見ると、ラルフ氏にとって、事態の推移は予想外のものであったと言えます。大富豪目前にある自分が、まさか娘を残して急死する事になろうとは、夢想すらできなかったに違いありません。その点、長らく妻子を旅の空の下に連れ回したエドモン・パンダボワヌ氏とは、やや事情が異なります。しかし、家族より自身の事情を優先させた、という一面では共通しています。
”遠くの親族よりも近くの他人”この考え方は、ペリーヌ物語でもルクリおばさんなどが力説していましたが、たとえ肉親であっても、離れ離れになってしまえば気持ちは薄れ、むしろ身近にいる他人の方がより情もうつる、というわけです。本来家族とは、一緒にいるからこそ、心も通じ合うというものです。そう考えるならば、大事な娘を遠隔地へと送ったラルフ・クルー氏の判断が、果たして妥当なものであったのか、疑問を呈さざるを得ません。しかもセーラさんは、転校によってそれまでの友人関係も全て失い、ゼロからの再出発を余儀なくされたのです。
その後、ミンチン学院で展開されたセーラさんの悲劇を思うとき、父ラルフ氏の責任は極めて重いと言えます。娘のためを思って持参させた大量の荷物も、学院側の反感を招いただけでした。聡明なセーラさんのことですから、たとえもしインドに残っていたとしても、何ら問題なく健やかに成長していったでしょう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ <クリスフォード氏の責任> さて、ここまでの経緯をたどると、確かにクリスフォード氏は、自らの過ちの償いをしています。ラルフ氏の死に関しては、悲劇ではありますが、ビジネス上の出来事と捉えれば共同責任であり、全てをクリスフォード氏が負わなければならないというほどの義務はありません。また、クリスフォード氏自身も、心身に大きな打撃を受けて苦しみました。
問題なのは、今後についてです。一攫千金を狙って植民地でのダイヤモンド鉱山経営を試みた彼が、そうあっさりと全財産を手放すとは考えられません。友への贖罪意識からセーラさんへ愛情を注ぐ優しい紳士は、同時に冷徹な実業家でもあるのです。おそらくは、セーラさんの後見人として、実質的な経営権は保持しているものと思われます。さすがにセーラさんも、わずか11歳では、このあたりの手続きはクリスフォード氏に任せざるを得ないでしょう。また、クリスフォード氏にとっては、独身のまま可愛いセーラさんという娘を得て、これからは子育ての楽しみも味わえます。そうなると、結果として友を死に追いやった彼が失ったものとは、果たして何だったのでしょうか・・・ |
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