プロローグ
「かわいそうに・・・」
カーテン越しに外を眺め、アメリア先生はハンカチを握り締めた。その視線の先では、ひとりの少女が玄関口の石段を掃除している。膝をついて水にまみれ、ブラシを動かしているのは、セーラ・クルー。学院の元代表生徒にして、特別寄宿生でもあった富豪令嬢だ。今は無給のメイドとして、酷使されている。
その細い背中から、暖炉の燃える室内に目を転じると、デスクに向かう姉の姿が目に入った。今日もまた、帳簿を睨んでうめいている。
学院経営者の彼女は、いつしかお金のことしか頭にない人間に成り下がってしまった。最近では授業もろくにせず、帳簿を開くか、寄付を募る手紙を書きまくることにしか、興味がない有様だ。新入生も途切れ、生徒たちの間には目に見えない緊張感がずっと漂っている。その原因がどこにあるのか、まだ姉は気づかないのだろうか?軍事予算を削れば、すぐにでも黒字経営に転換できるのに…
「アメリア!」
「は、はい、お姉さま…」
「やはり経費がかかりすぎています。今月からベッキーの給料を下げます。」
「で、でも、お、お姉さま…」
これ以上安くしたら、ベッキーはどうやって生きてゆけばいいのだろう。家族への仕送りもせねばなるまいに…
「あの子達は食べさせてもらっているだけで、ありがたく思わねばならないのです。それと、セーラの食事を減らしなさい。食費を浮かせるのです。」
な、なんということを…近頃とみに青白いセーラの横顔を、一度でも見たことはないのだろうか。かつてはあれほど美しく輝いていた、あの横顔を…
「お、お姉さまはどうして、こんなにもセーラ・クルーを…」
「なんです今更?そんなの知れたこと。」
院長はにわかに感情的になると、引きつった声を上げた。その豹変ぶりが、彼女の奥底にある物の根深さを思わせる。
「それは、それは…あの子が一向にへこたれた様子を見せないからです!いくら踏みつけても、踏みにじっても、汚れることなく咲き続ける花!なんて目障りな…!」
その言葉に、アメリア先生は目の前が暗くなるのを感じた。…だ、ダメだわ、もうこの人に学院は任せられない…そう、愛する生徒たちのため、今こそ立ち上がるのよ!アメリア!
「どうしたのです?アメリア。分かったら返事をなさい!」
不機嫌な声を出す姉に、アメリア先生は遂にその時が来たことを知った。すでに兵力は、学院領内に待機させてある。劣勢は否めないが、やるなら今しかない。
「いいえ、わかりませんわ、お姉さま」
思わぬ妹の言葉に、姉は目をむいた。
「な、何を言うのです?!お黙りなさい!」
「いいえ黙りませんわ!今日という今日は言わせていただくわ!お姉さまは間違っている。このままじゃ早晩、この学院はお化け屋敷になるだけよ!」
激しく叫ぶと、圧倒的な体格差を生かして姉に詰め寄る。
「な、なな、よして頂戴、アメリア…」
一転して弱気になる院長。普段攻撃的な者ほど、実は案外打たれ弱いのだ。
「今ここで、宣戦布告させていただくわ!覚悟なさるがいい、ジョージストリートの独裁者!」
これまでの思いを存分に炸裂させると、アメリア先生は院長室を後にした。
※このページの内容はフィクションです。